[Královna Alice (私家版「鏡の国のアリス」)] Archive

December 21, 2008

Královna Alice #10
(私家版「鏡の国のアリス」)

第10章: いきどまりの庭

「ええ、わたしの国では、ふつうはどこかにたどりつくんです」

20081221_1.jpg

――この庭でいきどまりです。

植物が、水が、微かに差し込む陽のひかりが、ここが終着点だと語りかけてきます。
穏やかに眠っているかのように、時間までゆっくりになってしまったかのように、ただただ、静かな庭がそこに広がっていました。
この庭に入ってきたとき通った門も、どこかに消えてしまって、先に進むどころか、戻ることさえできなくなってしまったのでした。

20081221_2.jpg

「ねえ、子ネコちゃん」と、アリツェは心の中の黒猫に呼びかけました。正確には、黒猫のような自分、に呼びかけました。「もしこの冒険がチェスだとしたら、チェックメイトね。もう盤面をひっくり返すことくらいしか、できることがないの」

すると、心の中の黒猫が、ヒトの言葉で言うのです。「盤面をひっくり返すよりも賢い方法なんてたくさんあるさ。たとえば、『3本勝負だったわね、1本目は私の負け』と言って、次のゲームをはじめるんだ」

「……この冒険がチェスならそうね」と、アリツェはひとりごちました。「でも、残念なことにチェスではなかったみたい」

20081221_3.jpg

疲れきったアリツェが庭の片隅に座ろうとした瞬間、足元の石畳のいくつかが剥がれていることに気づきました。その剥がれた石にアリツェが触れると、石は音もなく陥没し、そこに古い井戸のような空洞が現れました。洞はみるみるうちに深くなったかと思うと、また浅くなったり、不安定な動きを繰り返していました。それは、アリツェを誘っているようでもあり、拒絶しているかのようでもありました。「蟻の最期」とアリツェは思いました。「どこにも抜け出せず、穴へとすべり落ちる」

けれどもアリツェは、そこに飛び込む決心もできず、ただ呆然と、その空洞の淵に座ったままでいるのでした。

Category: アリツェあるいはアナイス(アナイス), Královna Alice (私家版「鏡の国のアリス」)

December 18, 2008

Královna Alice #8
(私家版「鏡の国のアリス」)

第8章: ファントムワイズ

「自分がほんものじゃないことくらい、よくわかってるんだろ」とトゥィードルダム。
「あたし、ほんものだもの!」
「泣いたって、ほんものになれるわけじゃないし。泣くことないだろ」とトゥィードルディー。
「もしあたしがほんものじゃないのなら――」

20081218_1.jpg

沈黙した廃工場の中を、アリツェは歩いていきました。けれども、黒猫の姿はもうどこにもありませんでした。同様に、先ほどまで後ろを歩いていた、《生き残った9人の男たち》も、どこかへ消えてしまいました。ただただ、アリツェの靴音だけが、工場の中に響いていました。歩みを止めたら、自分の鼓動と呼吸を残して、何もかもが消えてなくなってしまうような気がしました。

20081218_2.jpg

「ねえ、子ネコちゃん」と、アリツェは今はもういない子猫に呼びかけました。「時間を逆回しに生きたり、自分の発明したコトバでだけ話したり、誕生日でない日のプレゼントを年に364日ももらっている人がいたわ。その人は言うの。『いない黒猫はいるんだ』って。それはきっとほんとうのこと。でもね、あたしはそんな生き方はごめんなの。あたしは前に進まなくちゃいけないの。アンタを見つけて、《生き残った9人の男たち》を見つけて、工場を出て、塔へとたどりつくために、ただただ前に進むしかないの。せめて、ふしぎな力がアンタと私を引き寄せてくれたらいいなって、そう願うだけ……」

20081218_3.jpg

突然、アリツェの前に、明るい早朝の陽が差し込みました。廃工場の出口でした。そこには、庭へと抜ける大きな門がありました。アリツェは門に駈け寄りました。けれども、門は固く閉ざされていて、ちっとも動く気がしませんでした。

そのときアリツェは、首からずっと下げていた鍵を、いつのまにか失くしてしまったことに、はじめて気づいたのです。

Category: アリツェあるいはアナイス(アナイス), Královna Alice (私家版「鏡の国のアリス」)

November 14, 2008

Královna Alice #0
(私家版「鏡の国のアリス」)

前章: 黒猫と地下室

もうなにもかも、黒い子ネコのせいだったのです。

20081113_1.jpg

「ねえ、ごっこ遊びをしましょうよ」アリツェは黒猫を抱き上げて、小さくキスをしました。「夜通し、階下から小刻みな振動が絶え間なくきこえてくるでしょう。きっと誰かが、ウチの地下室から、火薬庫に続くトンネルを掘っているのよ」。

20081113_2b.jpg

「ねえ、子ネコちゃん」とアリツェは、押し黙った黒猫を正面に見すえて「そこにはきっとトンネル工事を見張っている男たちがいるの。明日、治安判事たちが乗り込んできて、男たちは一網打尽になるわ。やがて、カラスの群がる不吉な塔の中に投獄されて、拷問の末、処刑されるの。男たちはその運命に気づいてる。そうなってしまう前に

20081113_3b.jpg

あたしたちが地下室に行かなくちゃ。不吉な塔の運命を、黒猫にすりかえるのよ」。そう言うアリツェは黒猫を連れ、階段を降りていたのですが、ふりかえると、その一段一段は途方もなく高く、自分でもどうやってそこまで下ってきたのか、よくわかりませんでした。

20081113_5.jpg

アリツェにわかることは、このまま地下室まで降りていくしかない、ということだけなのでした。

20081113_4.jpg

Category: アリツェあるいはアナイス(アナイス), Královna Alice (私家版「鏡の国のアリス」)